どうも~、ももんぬです~。
11月に入ったというのに台風が接近し、夏日という言葉が聞こえてくる。季節感がバグりまくっているももんぬなわけですが、季節の変わり目になると、小学校の頃に歌った唱歌をふと思い出したりします。
いまは、頭の中を「ちいさい秋みつけた」がグルグルと流れていて。ももんぬが子どもの頃は通学路や近所の空き地、裏山なんかで、歌詞にあるようなささやかな季節の移り変わりを見つけられたよなぁ、なんて懐かしんだりしています。
しかし…秋ってなんでこんなに物悲しく感じるのだろうと不思議に思ったりしませんか? 何も変わることのない同じような毎日を送っているのに、「落ち葉」とか「木枯らし」とか、そんな言葉に胸がギューーンッてなるのはどうしてなんでしょうか。
…チョマテヨ、もしや、この「ちいさい秋みつけた」のせいなのでは。秋を迎えるたびにこの曲が思い浮かぶから、秋が物悲しいという刷り込みになっているのでは?
いやいやいや、そんなことない。寂蓮法師も「さびしさは その色としも なかりけり 真木立つ山の 秋の夕暮」と詠んでいるじゃないか。寂蓮法師は「ちいさい秋みつけた」を聴いてるはずがない。
気になる。気になるぞ。教えてGoogle先生! ということで調べてみたら、
「秋になると寂しくなるのは、日照時間の減少による脳内物質の変化や、気温や環境の移り変わりがもたらす自然な心と体の反応です」
へぇーーー( ˙꒳˙ )
情緒っていうのは、わかるようでわからない、モヤモヤした胸の内だからこそ感じるものなんですよね、きっと。「世の中には知らない方がいいこともある」、そんな言葉がリフレインした11月のももんぬでした。
※11月のアイキャッチは、落ち葉の中に小さな秋を見つけられそうな、「落ち葉と小人」です。

